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2026年10月25日

『You Can See Everything』の日本公開が楽しみ。

Cobe Associe は、戦略と技術の問いを現場で検証可能な仮説に変えます。

昨日の日曜、長目のエッセイを書きました。
『達成感の罠』 https://cobe.substack.com/p/f61

おしゃれコワーキングを歩けばAI会話に遭遇する令和8年のスタートアップ事情からすると信じられないことかもしれないが、2010年代頃は医療IT・デジタルヘルスがスタートアップ界を席巻していた。iPhone・スマホが広く普及しウェアラブル×通信が現実になったことで、オバマケア/EBPM等の進展も相まって健康サービスへの注目が集まり、SNSやECで小金をつくったファンドが次の投資テーマだ!と煽りまくった。今も昔もキラキラ界隈は「テクノロジーの力で古い業界を破壊する」ことが大好きで、医療は典型的な伝統業界に見えたのだろう。

2003年にスタンフォード大中退者が創業した血液検査のスタートアップは、この流行をつくり、同時に恩恵を受けた存在だった。

『指先からとった数滴の血液で安価・高速・高精度な検査ができる』を謳い文句にピッチをしまくり、最大手薬局提携や大御所を取締役として招聘することに成功する。2013年の売上はほぼゼロだったが、2014年末の企業価値は約90億ドル。スタートアップはほとんど『夢をみせて後から実現方法を考える』ものだけれど、さすがにやり過ぎである。

WSJ記者がこの会社の技術が宣伝どおりには機能していないこと、独自装置ではなく従来型検査機器を使っていること、検査精度に重大な問題があることを報じたことを契機に、この会社の終わりを迎えることになる。業界を揺るがすこの事件について、多くの本が出され、関係者が映像やポッドキャストでたくさんのコメントを残している。「セラノス 詐欺」でぜひググってほしい。創業者、エリザベス・ホームズは詐欺などの罪に問われ、2022年11月に懲役11年3か月の判決を受け、2023年に収監されている。

16日に公開された映画『You Can See Everything』は、この収監の34日前からホームズに密着するドキュメンタリー作品だ。ホームズの提案で実現したこの映像作品は(彼女は一貫して無実を主張している)、米国で観た知人曰く、”真実と嘘の境界はどこにあるのか” “他人を理解することは本質的に可能なのだろうか“を問いかけてくる。彼女は作中で「人生で一度も嘘をついたことがない」と発言しているらしい。まじかよ。その自己認識は、どこからきて、なぜ可能になるのだろうか。常人のそれではない。

なるほどなと思ったのは、彼女を普通の嘘つきと思う勿れ、という記事だ。

普通の嘘つきがやるのは「現実Aを認識する→目的のためにBと言う」であり、本人の中には真実と嘘の明確な切り分けがあって、嘘を嘘として発話している。その上で、どうバレなくするかや、バレても問題なくするか、を考えるのが普通の嘘つきだという。

しかしホームズが行っているのは「欲しい結果を想起する→整合的な物語を生成する → 物語に適応した認識を持つ→それに基づきBであると言う(そもそもAが存在しない)」である。彼女が嘘をついていたという事実は無限にあり、普通の人間だとそこで嘘をつくことの認知努力・認知コストを支払うことはできない。しかし彼女は、認識すべき事実自体が脳内に存在していない、完全に無視することができるのだ。

2020年頃に流行っていた言葉の一つに、”編集”がある。遺伝子編集などの技術的進化もそうだし、「コト消費の時代には編集だ!」のような語りもあった。思うに、ホームズが脳内でやっていることも強烈な編集である。これまで編集は政治家のお家芸だったわけだが(トランプは名編集長だ)、ビジネスが空想・デジタル空間で完結するようになったいま、悪の編集が幅を利かせるようになっている。その結果を教えてくれるのがこの映画だろう。タイトルの通り、私たちは全てをみることができるはずだが、同時に、何も見ていないことを突きつけられるだろう。

監督・撮影はネイサン・フィールダー、制作はA24。この事件を知らない人も必ず楽しめるはずだ。日本で公開されたなら、ぜひ観て、一緒に感想を語り合いましょう。

お便りをお待ちしています。


💼惹心

  • TOYOTA WOVEN CITY:この10月からビジター訪問できるようになったようで、来月行くことにしました。世界のトヨタが本気でやるなら、それを体感するのは義務でしょう。 link

  • BASE BREAD メープル:先週久しぶりに食べたのですが、美味しくなった気がする。定期便を再開しようかしら。運動はもう十分なので、いっそうの健康を目指すなら食事が課題です。トライアルから申し込み。 link

✏️読

📃記事

  • 遅起き・酔っ払いがホンモノの帝国エリート:現代の成功者が説くのは「早起き・禁酒・冷水浴・長時間労働」だが、世界を制覇したヴィクトリア朝英国のエリートは真逆だった。学校で学ぶのは古典語とスポーツのみ、朝は何もせずに本番は夜のワイン会と舞踏会だった。それでも彼らは世界の1/4を統治するまでになったのはなぜだろうか。Works in Progressの論考は、彼らの成功を人的信頼のネットワークと社交のソフトスキルで説明する。教育制度や若手との向き合いは「賢い個人をつくる」ことよりも、同じ規範を持ち、競争しつつ協力できる支配階級・集団をつくることに集中した。さすが規律を最重要視するラグビーを生んだ国だ。1日4時間労働を「今日は一日丸々働いたね」と表現する習慣、私が現代の先駆者になろうと思います。link

  • VCはもうベンチャーのためのものではない:現代の巨大VCは、スタートアップにリスクマネーを供給する機関ではなく、金融・政治・メディア・政策をまたいで自己増殖する権力装置に変質した。かつて数千万ドルを調達した起業家はそれを”がん資本/Cancer Capital”と呼ぶ。ごく少数の億万長者がベンチャー投資の制度・構造をハックして、市場にも規制当局にも有権者にも従わない寡頭制を実現し、それで行うのはデータセンターの強制導入、好きだったサービスの劣化、政治家への献金などである。先週の会食で、大手VCの偉い人が「PEは産業として終わり、VCも小粒の面白いところが消えてしまった」といっていた。世界規模で起きていることなのかもね。link

  • アジアよ、エルニーニョ危機に備えよ:カンボジアの湖に浮いた2トン分の死んだ魚、インドネシアで水位が下がり姿を見せた水没村、マニラの給水制限予告。ばらばらに見える事象だが、地球規模で進む気候危機や直近のエルニーニョ現象に由来するアジアの高温と乾燥に収斂する。2026年春から続くエネルギー・肥料ショックで財政が痛んだ政府に、今年・来年と発生した/するだろう農業ショックが重なって被害を大きくしている。東南アジアの農家は、水がない+肥料が高い+農機を動かす軽油が高い+出荷輸送も高い、という四重苦に直面。フィリピン議会の分析でも、肥料ショックだけで精米価格が9〜19%程度上昇すると予想されている。インドを含めた輸出大国が輸出規制を始めると値上がりはもっと急激なものになる。日本を含め、備蓄できるものをいまから手を付けておかないと、来年「お財布が厳しい」以上の事件が起きそうだ。link

  • 中国高等教育は成長しているが地方大学や非国家戦略部門はやっぱりしんどい:日本や米国でも話題になる大学予算の選別が中国でも起きている。中国トップ大学の国際的地位は着実に上昇し、2026年のTimes Higher Educationでは中国から8校が世界トップ100に入り(清華大11位、北京大13位)、大学研究支出は2025年に前年比11%増の約470億ドルとなっている。AIやロボティクスなど党が好む分野には潤沢な資金がつく一方、政府支出の伸びは3.5%に減速し、すぐに成果に結びつきづらい物理や化学は予算削減、地方政府に頼る大学は不動産不況の直撃を受けて支出を絞っている。若年失業率は約19%で学部卒業生は進学タイミングを遅らせるべく大学院に進むために博士課程入学者は過去10年で倍増し20万人に上る。資金の争奪戦は激しく、民間資金の比率があがるためにいっそう実用研究にテーマが偏る循環が生まれている。どこでも起きていることは同じね。link

  • 硫黄が戦略物資になった:硫黄は鉱業・農業・半導体に不可欠な重要な鉱物だが、直近価格が数倍に高騰している。背景にあるのはイラン戦争とホルムズ海峡の混乱だ。元々硫黄は、石油・天然ガスの精製過程で不純物として除去された副産物として供給されるのがこれまでのサプライチェーン構造だった。実際、中東は世界の硫黄供給の約4分の1を担い、海上輸送される硫黄の約半分がホルムズ海峡を通っていた。硫黄由来の硫酸(H₂SO₄)は肥料作りに必須で、ロシアは肥料会社を守るため硫黄輸出を禁止している。また、銅やニッケル、リチウムやコバルト、ウランなどの精錬・浸出工程で大量に利用されるため、間接的に鉱業の事業負担を高めている。脱炭素施策も大きく後退することが見込まれている。メインストリームの話はもちろんだが、副産物・脇道におきる事象とその影響を予測できる人を増やさなくてはいけない。副産物依存型サプライチェーンの脆弱性の話だった。 link

  • あらゆる火花を禁ずる天文台:米ウェストバージニア州のグリーンバンク天文台周辺では、電波望遠鏡の感度を守るため、敷地内の車両はディーゼル駆動である。ガソリン車のスパークプラグが出す電波ノイズが、宇宙から届く微弱な電波観測を邪魔してしまうからだ。この天文台は1.3万平方マイルに及ぶ”National Radio Quiet Zone”に立地しており、携帯電話やWi-Fiも当然制限され、使い古された旧式トラックが現役で走っている。最新の車はエンジン以外にもタイヤ空気圧センサーやシートセンサーからも電波が出るため、旧車の魔改造で乗り切っている。単純さを求める人からすると、現代は地獄なのかもしれない。link

    A dimly lit kitchen counter with a microwave and clutter, alongside the interior of an old, weathered car.
    BILL PHELPS link
  • 障がい者を広告に登場させることの是非:2026年4月のJournal of Marketing論文で、9実験・4,500人超を対象にしたデータを分析。広告に障害者を自然に登場させると、広告・ブランド評価だけでなく、購買選択まで改善し、購買意向が最大33%上がる、という研究が紹介されている。障害を特別扱いせず生活の一部として自然に描くのが重要で、本人の独立性を強調するメッセージはさらに効く。逆に、同情や称賛を誘う描き方は逆効果だ。想定されているのは、CSR重視が大事!のようなシンプルな経路ではなく、「このブランドは自分も排除しなさそう」という安心感が重要なのではないか、というのが研究者の視点。この成果もハックされ、10年後には効果が消失してしまうかもしれない。 link

  • AIの進化は予想以上だが社会変化はあくまでゆっくりと進む、か?:AI専門家は、モデルの進化速度を過小評価し、同時に社会やマクロ経済が変わる速さを過大評価する、という二重のバイアスを持っている。AIはあくまで社会の部品に過ぎず、それで個人が100倍速く動けるようになってしても、人間集団が持つ慣性は相当のものである。チャレンジャー号爆発事故で指摘されたOリング問題(99%完璧でも全体の生産性を決めるのは1%の失敗となる)や、組織論で有名なゴミ箱モデル(会社とは問題と解決方法が偶然に出会った産物であり、実際は「問題」「解決策」「担当者」「会議」「昔から残っている手続き」等が複雑に絡み合う非合理的存在である)。会社は簡単に変わらないかもしれない。しかしパーソナルエージェントが一気に浸透すれば話は変わるかもしれない。いまは人間vsAIの構図だが、企業AI vs 消費者AIの対立になる可能性も指摘されている。2030年の世界さえ見えなくなっている。 link

  • 「面目」や「面子」を気にしなければ会議はわからない:会議の役割は決定と合意だけではない。何も決まらなかったことも成果であり、参加者それぞれの面目や面子を保つ儀礼的な機能が、議論の背後で静かに動いているのだと。わかる。熊代さんがいうように会議ってめちゃくちゃダルんですが、社会活動のほとんどのものはダルいんですよ。技術的/論理的に正しいとされる主張・提案が採用されないのは、部族社会において誰かの面目を損ねたから。「そんなことならSlackでやればいいじゃん」と、無駄な会議を切り捨てて偉い人の面子処理を怠ると、後で自分にしっぺ返しが来る。これらを理不尽だとおもうなら、まだまだ社会勉強が足りません。君たちも隠れたところで、面目や面子で人を圧迫しているんだぞ? link

📙本

  • 思索紀行:この1ヶ月で日本海側ドライブや島根旅をしてきた私の心に残る文章がたくさんありました。立花隆は家を離れて何を感じる人なのか。感性だね。 link

    旅のパターン化は旅の自殺である。
    旅の本質は発見にある。日常性のパターンの外に出たときに何が発見できるか。何か全く新しいものに接したときに、自分がどう変化するか、新しい自分の発見にある。
    もちろん、パターン化したものの中にも新しい発見はありうるし、新しい自己実現もありうる。実際、歌舞伎役者も、オペラ歌手も、同じ台本による、同じ様式(演出)の芝居を何年も演じつづけながら、なおそこに、その役者ならではの、あるいはその歌手ならではの自己表現を付け加えることができる。

    (p103)

  • 箴言と断想(ニコラ・シャンフォール):貴族世界を生きながらその矛盾に苦しんだ著作家・モラリストが残した言葉たち。世間とうまく距離をとろう。 link

    • “世間に関していえば、最良の処世術は、皮肉をもって陽気に笑い飛ばし、軽蔑をもって受け流すことである”

    • “悪人には怠けてもらいたい。愚か者には黙っておいてもらいたい“

    • “どんな犠牲を払ってでも目立ちたい、他人より優位に立ちたいと思う人たちがいる。彼らにとっては、目立てるのであればぺてん師の舞台であっても構わない。劇場でも、玉座でも、死刑台でも、注目を集めることができれば、それでいいのだ“

    • “人間は生まれながらに悪いものだが、社会によってさらに酷いものになった。誰もが、まず人類の酷さ、次に個人の酷さ、さらに社会秩序において自分が属する階級の酷さを併せ持っている。これらの酷さは、時が経つにつれますます増大する。誰もが歳を重ねるごとに他者のこのような酷さにいちいち傷つけられ、自らの酷さによって不幸になり、人類や社会を軽蔑し、その軽蔑をますますこじらせていく“

  • 屁理屈と哲学:小川哲さん。わたしも屁理屈が得意なので、いつか「屁理屈とお仕事」を文章にまとめたいと思います。 link

    賢くなるとは、臆病になることだ。何も知らなければ勇敢でいられる。火の熱さを知らなければ焚き火に手を入れることができる。死の捕さを知らなければ崖から飛び降りることができる。前進するということは、遠くの光を見つけることではない。どれだけ前進しても、暗闇の向こうに光が見えることはない。前進するということは、暗闇の向こうに何かがあると知ることだ。何か自分の知らない空間がある。それを知る。そしてそれがすべてだ。 (p92)

📻観・聴

  • Måneskin - Beggin’:かっけぇぇぇぇ。

  • アメフトフィールドでコーギー爆走:かわぇぇぇぇ。 link


🧩感

  • 中目黒の居酒屋にキンミヤ焼酎ボトルをおいておきました。店を知りたい人はDMください。好きに飲んで頂いて構いません。

  • 半年前のニュースレターでとりあげたテニス選手、ミハイル・ククシュキンが先週の地元大会で引退。一回戦のハイライトを観たのですが、涙が出てきました。今日も仕事を続けよう。負けに怯まず、責任を引き受け、場に戻ろう。負けから学び、ひたむきに前進し、若手の挑戦を受け続けよう。

  • 大事なのは常に「で、君はいまから何をするの?」である。発言は自由だが、行動には物理的な、あるいは社会的な制約がある。その制約を前にして、ただ立ちすくんでいるだけの人間から出てくる言葉には何の迫力も無い。

  • 愚劣な人間は常に、現実から学び自らを更新することなく、自分が思う色に現実を染める。”可哀想な私””誰かが悪い”という色は特に毒々しく、しかし人気がある。

  • マルクス・アウレリウスがいっていたとおり、死ぬまでは、すべての敗北は心理的なものである。

  • 新製品もいい。新サービスもいい。新事業はだめだ。事業は生み出すものではなく出来るものであり、組織はいつでも結果論である。しかし、役職をほしがる大企業の傍流者は、組織から事業を考える。全てが間違っているのだ。

🍵関心事

  • 西山朋佳白玲が本日、棋士になる権利を行使するかどうかを発表する予定。実力・棋力、スポンサー対応、女流棋界への影響など、本人にコントロールできない要素が多すぎる中での意志決定は本当に難しいとおもう。

  • 今週から、イスラエル首相選挙から米国中間選挙まで、国際政治の重要イベントが続く。さて日本、閣僚の数十万円不祥事に時間を使えている平和がどの程度続くだろうか。

  • 先週の東京出張でShare Loungeにがっつりお世話になった。来年後半、いまの自社オフィスを解約してShare Loungeに全振りするのもアリだな〜〜どうしようかしら。

🥑動

  • 蓄電池と観光、空港・港湾のことを真剣に考えています。何から勉強しようか。

  • ドイツの新興テニスブランドの製品サンプルを仕入れてみました。よさそう。さて、どう扱おうかしらね。

お便りをお待ちしています。

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