試考錯誤:人を動かす
デール・カーネギーの不朽の名著『人を動かす』を、この手で初めてめくりました。人を動かす唯一の方法は、その人が自らそうしたくなるように努力すること。そして、その達成において、相手を論破することや、叱責することは全く、あるいはマイナスにしか貢献しない、といいます。
これをどう受け止めるべきか。議論と論理を売り物にするコンサルタントとしてどう振る舞いを変えるべきか。私の中で2つの人格がせめぎ合っています。
啓蒙主義か結果主義か
一人は、啓蒙主義の体現者。彼は、人間の理性を固く信じている。正しい事実認識に基づき、透明性の高い議論を重ねることこそが、誤解を解き、思考を広げ、個人と組織をより良い方向へ動かすのだと。彼にとって、議論は真理に到達するための神聖な儀式です。
そしてもう一人は、冷徹な戦略家です。彼はささやきます。「議論など、しょせんは人を動かすための手段に過ぎない」と。重要なのは、議論の正しさや美しさではない。その先にいる相手の感情、利害、プライドを読み解き、最終的にこちらの望む行動を「自ら進んで」取らせるための発言、振る舞いにこそ集中すべきだ、と。彼にとって、議論は目的を達成するためのゲーム盤です。必要とあれば事実をねじ曲げてでも、求める行動を相手にとってもらえれば良いのだと。
一方は、光の道を照らそうとする。もう一方は、影の力学を操ろうとする。この二律背反は、私の内で日々、静かな戦争を繰り広げています。
議論の「波」と「粒子」を考える
物理学の世界では、光は波と粒子、二つの異なる性質を同時に持つとされます。観察の仕方によって、その振る舞いが変わる。議論もまた、これに似ているのかもしれません。
議論を、純粋なロジックの応酬、つまり真偽を確定させるための粒子として捉えれば、カーネギーの主張は的外れに聞こえます。しかし、議論が人々の感情や関係性に与える影響、つまり場の空気を変える波として捉えたとき、彼の言葉は恐ろしいほどの真実味を帯びてきます。
いかに論理的に正しい粒子を相手にぶつけたところで、相手の感情という波が反発を生んでしまえば、その粒子が吸収されることはありません。むしろ、より強固な反発の波を引き起こし、相手を遠ざけてしまう。理性の信奉者である私は、この波の存在を、これまで軽視してきたのかもしれません。
この迷いは、おそらく一生続くのでしょう。どちらか一方を選び取ることなど、できそうにありません。人を動かすという仕事の複雑さが、それを許さない。
ただ、この葛藤の中で一つだけ、揺るぎなく存在している事実があります。
それは、デール・カーネギーが本書で展開した議論そのものが、まさしく私の思考を揺さぶり、こうして試考錯誤という形でペンを取らせるという行動を促した、ということです。彼は私を論破しようとはしませんでした。ただ、物語と原則をもって、静かに、しかし力強く、考えるきっかけを与えてくれたのです。
彼自身が、彼の方法論の最も雄弁な証明者でした。
この矛盾こそが、この職業の面白さであり、そして終わらない宿題なのでしょう。
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