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試考錯誤

試考錯誤:『理屈ではそうだが腑に落ちない』

2025.05.28

クライアントのこの一言こそ、我々コンサルタントの仕事が真に始まる合図である。理屈を提示するだけなら、今や誰にでも、それこそAIにもできる。しかし、その理屈と、相手の腹の底からの納得、すなわち「腹落ち」との間には、深く、時に厄介な溝が横たわる。そしてその溝こそ、行動を阻む見えざるブロッカーが潜む場所なのだ。

あらゆる分析業において、この構図は共通だろう。外部のコンサルタントが提示する戦略、社内のデータアナリストが示すインサイト。どれほど精緻な理屈であっても、それだけでは人は動かない。無理に動かそうとすれば、むしろ反発や形骸化を招き、価値創出からは遠ざかる。AIの台頭は、この状況に拍車をかける。無数の「正論」が容易に生成される現代において、企業や組織はかつてないほど多くの「理屈」に囲まれている。結果として、「腹落ちしない事柄」もまた増殖し、行動の停滞を招く。これは一種の「分析麻痺症候群」とでも呼ぶべき状況だ。

では、この「理屈と腹落ちの間のブロッカー」とは何なのだろうか。それは単なる情報不足や感情的反発といった表層的なものではない。むしろ、個人の経験則、組織文化、あるいは過去の成功体験といった、より根源的な「認知の枠組み」や「組織の記憶」に起因するのではないか。我々は知らず知らずのうちに、自らの色眼鏡を通して世界を解釈している。提示された理屈が、その色眼鏡と相容れない場合、「腑に落ちない」という感覚が生じるのは、ある意味で当然のことなのだ。

ここに、コンサルタントの介在価値がある。我々の仕事は、この見えない壁、すなわちブロッカーの正体をクライアントと共に特定し、乗り越えるための支援をすることだ。それは、ロジックを振りかざすことでも、巧みな話術で言いくるめることでもない。むしろ、対話を通じてクライアント自身が気づきを得て、腹落ちするまでの道のりを伴走する、創造的なプロセスである。A・O・ハーシュマンが『離脱・発言・忠誠』で論じたように、組織内の多様な「発言」を促し、埋もれた知恵や異なる視点を引き出すことで、初めて行動変容への道が開けてくる。

このプロセスにおいて、「論理」だけでは不十分だ。求められるのは、相手の立場や感情を深く洞察し、共に未来を描く「想像力」、あるいは「実践的想像力」とでも呼ぶべき能力である。どれだけ多様な「理屈と腹落ちの矛盾」に向き合い、それを乗り越える手助けをしてきたか。その経験の蓄積こそが、コンサルタントの力量を決定づける。

AIがどれほど進化しようとも、この「腹落ち」の領域、すなわち人間の深層心理に関わる部分までを完全に代替することは難しいだろう。AIを使いこなし、真の価値を生み出すのは、結局のところ深い洞察力と経験知を備えた人間なのである。「理屈」という名の地図を手にしても、心が「腹落ち」という名の羅針盤と同期しなければ、我々は新たな一歩を踏み出せない。コンサルタントとは、その地図と羅針盤を繋ぎ合わせ、クライアントを未知なる航海へと誘う水先案内人なのかもしれない。この「理屈と腹落ち」を巡る人間臭いドラマを今日も楽しもう。

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